荻上チキSS22 奥泉光「漱石、読んじゃえば?」

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荻上チキSS22 奥泉光「漱石、読んじゃえば?」

地の鳥 天の魚群

長編『地の鳥 天の魚群』と短編『乱歩の墓』『深い穴』の三編収録。
表題作は著者二十八歳のときの処女作だそうです。それだけでも奥泉ファンなら読む価値ありでしょう。

どの作品も主人公は知的でごくまともに生きている(はずの)男性。だけどまともとか現実とかってはたしてどれだけまともでどれだけ現実なんですかね。
作者の落ちついた丁寧な文章は魔法のようで、現実はカーテンのように翻り、気づいたときには主人公ともども読者も現実と夢の不穏な狭間に誘われしまいます。
いささかマゾヒスティックな、目眩のするような不安感を味わいたい人にはおすすめです。

表題作は若いときの作品らしくやや生硬な印象で、読者を不安のなかに置き去りにしていくような作品ですが、短編二編は鮮やかなオチで読者を現実に引き戻してくれます。作者はあまり短編を書かないそうですが、こういう「巧い」短編ももっと書いてほしいです。

鳥類学者のファンタジア (集英社文庫)

「簡単にコード進行をメモ書きした譜面を渡すと、わたしがプロデビューした頃からの付き合いであるベースのリンゾウさんは、ウッドベースに寄りかかる姿勢で、ほう、とちょっと意外そうな顔で譜面を覗き込み、それを横目にわたしはソロで勝手にはじめ、かなり長いフリー・コンセプトの序奏のあと、混沌のなかからメロディーの輪郭をじわりと浮かび上がらせ、それからツーコーラス終わったところで、眼で合図したリンゾウさんは、しかし髭面でにやにや笑うばかりで、もう少しピアノにソロで弾かせようという心づもりらしく、ドラムスのアキビンを眼で制して動く気配を見せず、すっかりあてが外れたわたしは、じゃっかん前のめりになりつつ右手と左手の打鍵のずれでもってリズムをつくりだしながら、緊張と焦燥と快楽のおりなす燃焼感のなか、全力疾走でアドリブを続け、陸上でいうなら競技場を五周くらいしても、しかしリンゾウさんはゆるしてくれず、クソッ、やってくれるゼ、とわたしは内心でののしりつつ、もはやわたし自身の支配を離れて大胆なところへ走り出してしまった「音楽」に追いつこうと、必死でリズムを支え、フレーズを繰り出し、それでも追いつかなくて、とうとうつんのめって前に倒れ込み、崩れ落ち、「音楽」が混沌に呑み込まれかかった、まさにその瞬間をとらえて、リンゾウさんが開放弦のE音をどかんと鳴らして空間を重たく充実した素材で埋めつくし、間髪をいれずにアキビンがスネアのリムショットから、フォービートの鋭いリズムを叩き出したときには、狭い店のなかに、ジャズという音楽にとっての、最も晴れがましい時間が忽然と姿を現し、目のくらむような戦慄と幸福感をわたしは同時に味わった。」(40ページ6行目より。)

ジャズが好きな作家がかいたのではなく、ジャズ・プレーヤーでもある作家がかいたジャズを題材とする小説というのはたぶん少なくて、私が読んだことがあるのは、ピアニストの山下洋輔氏と、テナーサックス吹きの田中啓文氏の作品と、そして、本作「鳥類学者のファンタジア」。
奥泉光氏は、自身もジャズ・バンドを持つフルート吹きで、HPでは、本作にまつわる曲を公開もしている。
句点なしで、一気に読ませるこの文体を味わえただけで、読んでよかったと思った。
本作は、ジャズピアニストの希梨子(大西順子がイメージされた。。)が時間と空間を越えて旅するファンタジー。紹介したような、ジャズ好きな人にはたまらない文章が次々と出てくる。

ストーリーの方もたまらない。なんと、最期には、ニューヨークであの人と共演までしてしまうのである。

おすすめです。

グランド・ミステリー (角川文庫)

いろいろな美味しさが詰め合わせになっています。

1品めは。教授宅でのギリシャ古典サークル。漱石『吾輩はである』で苦沙弥先生宅に繰り広げられる高等遊民の集いの雰囲気が漂います。「二弦琴のお師匠さん」で『』ファンはドッと受ける。

2品め。金井美恵子か樋口一葉かというような「、」が続き、なかなか「。」にたどり着かない文体が一部に使われている。その風雅なリズム感は、言葉で綴られたフーガの楽章といえるでしょう。

3品めが、ミステリー味。伏線を律儀に回収する手際は気持ちいい。この部分は推理小説の文法をお行儀よく守っています。実際、クリスティの『○○で○○だ○』の中の短編に並ぶものがあるんですよ。(伏せ字にしてみました。戦時中の物語だけに!)

4品めはSFの味付け。作中の「1冊目の本」「2冊目の本」という言葉は、安部公房『第四間氷期』の「1次予言値」「2次予言値」を連想させる。しかし、「予言値」(値の1字が理系な雰囲気!)が電子計算機の出力で、あくまで人間の外側にあるのに対して、「本」は記憶という直接的な体験を指しているという違いがあります。
パジャマに着替えて、ベッドに入り、さあ寝るぞと思ったとたん、実はそれは夢で、実際はそこで目が覚めてしまい、何だか損をしたような気分になったなんていう体験はないですか? それと似た感覚だと思うのですが、身に覚えのない事柄を記憶しているという体験をする登場人物が出てきます。あたかも2つの世界が並列してあるような感覚らしい。

世界Aを「Aさんがαという事をし、かつBさんとCさんがβという事をした時空」と定義すると、「Aさんがαという事をし、かつBさんとCさんがΓという事をした時空」は、非Aの世界となります。
ある作中人物が、現実は1つではなくたくさんあるのかもしれん、みたいなセリフを言いますが、読者にとってはまさにパラレルワールドの断片を示されている印象があります。

すると、そんな多世界でミステリーの伏線の回収なんかできるのかと心配になります。実際、ある登場人物はその点を破綻させかねないセリフを言ったりもしています!

5品め…だっけ? 戦争の生理学。作者は子供時代に傷痍軍人を目にしたかもしれない最後の世代に属するようで、戦火に見舞われたことはないけれど、でも戦争の結果生まれた事物に直接触れることができる、そんな日常風景があったのではないでしょうか。
親戚の男性や、ギリシャ古典サークルのメンバーで記者志望の青年などの造形は、そうした戦争の余熱の中から生み出されたもののような気がします。

記者になった佐々木が言います。報道は事実だけではなく読者の心に働きかけるような言葉を伝えるべきだと。
ジャーナリズムがセンセーショナリズムにすり替わった瞬間です。

佐々木が言うのは戦意を高揚させる記事ということですが、現在よく見聞きする「元気をもらえる」というやつ、これも同じものじゃないでしょうか。
2011年3月11日の午後3時頃まで、日本は無縁社会でした。それが一夜にして、絆社会になりました。しかし現実の日本は何も変わっていません。市場をどこに求めるか、少子高齢化にどう対応するか、といった問題は解決されていません。

「無縁社会」から「絆社会」への、手のひらを返したような変わりようは大変に印象的でした。
世の中を一色に塗り込める言葉のいかがわしさを痛感した瞬間だったからです。

戦争の非倫理性を感じるのは平時だけです。戦争に巻き込まれた状態では、戦争はあって当たり前なものになるでしょう。
その当たり前という感覚は上から押し付けられるまでもなく、多くの人が日常として受け入れる。なぜなら現に自分が置かれている社会を否定し続けるより、追認し同化する方が安定感が得られ、社会人として当然と感じられるからです。そういう日常の心理を支えるのが、佐々木のいう、心に働きかける言葉です。
戦時中に限りません、スポーツニュースで「日本中が湧いた」的なフレーズはよく耳にします。

マスコミが人の心に働きかけようとする言葉をまき散らすようになったら要注意。

完食。ごちそうさま。満腹…ダイエットしなくちゃ。

シューマンの指 (100周年書き下ろし)

語り部である「私」が受け取った、友人からの1通の手紙で幕を開けるストーリー。
読んでいるうちに、どんどん「私」が語る永嶺の魅力にひきこまれていった。
小説中の「運命に復讐する」という言葉が、印象的で美しい響き。
特に「幻想曲の夜」での、夜の闇の中、シューマンの妖しく美しい旋律と共に起こる殺人事件、ピアノの音色とプールのコントラストの描写は、非常に耽美的。
本の装丁のイメージ通りの、美しく危険な香りのするミステリーだった。
この小説を上手く脚色して、映像化されたものを観たくなる。
美形の若手俳優が、永嶺役を演じたら、ブレイクするかもしれない。
難点は、クラシックについてのうんちく話が長いこと。
この部分は、興味がなければ退屈に感じてしまう。
また、ラストのたび重なるドンデン返しは、人によって評価がわかれるところ。

シューマンの指 (講談社文庫)

美しい言葉選びが恍惚とさせてくれます。
筆者のシューマンへの思いの深さを感じさせてくれるほど、一曲一曲の解説が描写細かく描かれています。
読んでいるとシューマンの楽曲を聞きたくなります。
私はクラシックを聞きはしますが、楽譜は読めないので楽譜を読める事が出来る方が読めば、
もっと面白さを感じられそうです。
個人的に一番好きな場面は永嶺修一の幻想曲の演奏シーンの一連。
想像すると溜息が出るほどの美しい情景が思い描かれて、うっとりさせられました。
肝心のミステリーですが、前半はなかなか進まないので、生粋のミステリファンには物足りなさを感じさせるかもしれません。
しかし結末の最後は不要だと思います。あの箇所が無ければもっとミステリアスで良い余韻を残せたのではないかと思ったのですが…。
そこは惜しいと感じてしまいました。

美しいミステリを読みたい方にはオススメです。


荻上チキSS22 奥泉光「漱石、読んじゃえば?」


ポッドキャスト「荻上チキ・Session-22」2015年05月04日(月) 今夜は、作家の奥泉光さんが登場! 新刊『夏目漱石、読んじゃえば?

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